「武雄のいえは二階建で当時としては良い建物でした。二階は祖父のしょさいとしんしつで一階が生活の場となっていました。深刻な物不足で不自由この上ない生活に追撃ちをかけるように、毎晩米軍機の空爆がつづきました。しまいにはなれてしまい、防空壕など入らず爆弾のかぜをきる音を楽しむかのように『あの音はだいじょうぶ遠い、こんどのは近いぞ危ないぞ危ないぞ』やがて重苦しい地響きがひろがるのです。外に光りがもれないように電燈のまわりを黒いぬのでおおい、海底にへばりつき目の玉をキョロキョロさせてる鰈のように、布団のなかで全しんけいを聴覚と化して空襲警報かいじょを待っていました。直撃をうけた家はみるかげもありませんが、まわりの家にはたいした被害はありませんでした。直撃弾をうける確立もひじょうに低く空爆のおそろしさをだれもが身にしみていませんでした。
三月九日から十日にかけての空襲はこれまでとは違っていました。床に入るとまもなく警戒警報、続いて空襲警報が発令されました。ものの二十分もしないうちに梅干し大の火の粉がふぶきのように飛びちっていました。外のさわがしさに気がついた武雄が『かあちゃん大変だ火の粉がものすごいよ』外のようすを一目みた母親は日ごろから用意しておいた荷物を武雄に背負わせ、二才になる妹をおぶると『武雄おじいちゃんを連れてくるから、防空ずきんのひもをしっかり結び、運動靴を履いて待ってなさい』と言って二階にかけ登りました。
外出先から急ぎもどった父が『武雄かあちゃんはどこだ』『かあちゃんは二階』『武雄そこを動くなすぐ来るから』『とおちゃん、かあちゃん早く早く』武雄は足踏みをしてさけびにさけんでいました。焼夷弾がにぶいおとをたてて屋根瓦を弾き飛ばしました。そのしゅんかん母親の悲鳴とともに二階は炎に包まれてしまいました。『とおちゃん、かあちゃん、かあちゃん』階段を上がろうとしても炎のいきおいがすごく上がれず、外にでて『かあちゃん、かあちゃん』『武雄ちゃん早く』武雄は近所に住む夫婦にものすごい力で腕をひかれ、どれだけの時間かはしり、ふと、気がついた時にはいつか川べりの空き地にたっていました。。不透明に赤くそまった夜空はぶきみなまでに人々の恐怖心をあおっていました。
火の回りはおもったより早く、あかぐろい炎が地を這うように空き地を襲いました。オレンジ色の煙りがでる竹づつのような物のまわりに、バケツの水をかけるおざなりな防空演習しか知らない人たちに、熱風を吸い込み気管はおろか肺の奥深く火傷をした苦しみや、真っ赤にやけた鉄柱が強風にあおられ重苦しく倒れてきたり、近くのドラム缶工場で発生した火災旋風に巻 き上げられたドラム缶が、頭上におちてくる恐ろしさを想像すらできなかったのです。焼けたドラム缶が強風におされ、はげしいバウンドを繰り返し逃げまどう人たちをおそいました。人々はこぼれるように川にはいり、水苔ですべりやすい杭にしがみついていました。
三月九日と言えば雪が降ってもおかしくない季節です。激しくふるえるからだ、それを支える腕の力もむなしく、今まで話していた人がふと振り向いた時には鼻や口から激しく泡をはきながら、どす黒い水に沈んでいくのです。強風による波立ちは衣服とからだの間の水をたえず入れ替え、人々のからだを急速にひやし体力を消耗させていました。はげしく上下する顎と紫色の唇から絞り出す言葉も歌声もそれこそ、蚊の羽音そのものです。
『武雄眠るな、話しでも歌でもいいから続けるんだ』ちかくにいた男が『わしは林檎を食うと頬を噛んでしまう、柿だと噛まない、あの最初の一口【カキ】ていう音たまらないな「ほほう頬を噛むと?」「ゴンリ」おほほほほ』だれも笑いませんでした。『ようし今度は、歌だうた、皆がしってるうたを大きな声でうたおう』『春がきた春がきた何処に来た山にきた里にきた野にもきた』この歌声こそ生と死のはざまに立ちふさがる命の灯火でした。
東の空がわずかに白みはじめ火の勢いもやわらいだころ、杭に残った人たちは、力をあわせ川からあがりました。立てる人はその内の半分もいませんでした。助け合いながら暖をとっていました。前を暖めれば後ろがさむく、後ろを暖めれば前がさむく、はげしい筋肉のふるえが、いつやむと無く続きそのまま意識を失う人もかなりいました。
『あなたあかちゃん、ほら聞こえるでしょ?』『かすかに聞こえる、どうやら向こうだぞ行ってみようへんだなあ近くに聞こえるのに』何人かの人が、おびただしい犠牲者のあいだを汚れた布きれで鼻と口をおおい泣き声にたどりつきました。そこには、髪の毛もなく後ろ半身を焼かれた女性がうつ伏せにたおれていました。焼けただれた手には黒焦げの下駄が握られ、指には爪一つ残されていませんでした。中年の女性が『小さな子をかかえて川にも入れず我子を穴に入れ、自分を犠牲にしたんだね。あなたはお母さんの命をいただいてこれから生きていくんですよ。私にほんの少しお手伝いをさせて下さい、そしてね、そしてね』と声をつまらせて『けっしておろそかな生きかたをしてはいけませんよ』と言って赤子を防空ずきんにくるみ、かんたん服やもんぺを残り火でかわかしていました。
かろうじて助かった武雄は意識がもどらず、腕をひかれた夫婦におぶさっていました。
骨だけになった路面電車のそばに捨てられた大きなふろしき包みはふしぎにも焦げめ一つなく残り、結びめから一糸まとわぬ幼児の臀部がもこもこ動いていました。そこには親の姿すら見当たりませんでした。裸どうぜんのすがたで、一人さまよう老人やタイヤもサドルもない自転車にのり、けたたましい音をたててはしりさる人などさまざまでしたが、共通して押し黙っているのが印象的でした。進むにしたがい焼死者のかずがふえ道がふさがれ、またいだり乗り越えたりしなければ進めなくなってしまいました。乗り越えるといっても炎にあぶられ髪の毛もいふくも無く手足がこうちょくしたチョコレート色の遺体に、足をかけるなどとても出来ずぼうぜんと立ち止まる人が大勢いました。
くすぶり続けるトラックのガソリンタンクがはれつして、電信柱ほどもある火柱が所々にたちのぼっていたり水道管のはれつも多く、ふきだす水は悪臭を増していました。
ようやくの思いで住んでいたところに着いた夫婦はすべてを失ったことをしりました。
さいわい貨車のはしる高い土手の淵に四、五十件焼けずにすんだ家があり、夫婦はある一件の家に入れてもらいました。武雄は七日後にやっと意識をとりもどし夫婦の世話になっていました。」
私はこの絵こそ後の人々に見て頂かなければならない一心で描きました。
防空壕
空爆をさけ避難するところ。材料や構造はいろいろ有りますが、主だったものは
歩道の脇に深さ一・五から二メートルぐらいの縦長の穴を掘り木材の張りに木の
板をはりつけ上から土を盛った、単純なものが数限り無く有りました。
そのほとんどが焼けつぶれ、多くの人が犠牲になりました。
防空ずきん
綿入れの三角ずきん(主に女性と子供が、かぶりました)
焼夷弾
火災をおこさせる装置(砲弾、爆弾)のたぐい
かんたん服
婦人用で行動しやすいように和服の袖を細くし、袖口にゴムを入れて上下を切
り離した服とも着物ともつかぬ服、下はもんぺで、全体として作務衣に似てる。
夏すぎて、
秋花かれんに咲き出すよ。
花たちは、どうして秋がわかるのかな。
きまってるじゃん、夏が有るからさ。
少しずつ朝おそく、
少しずつ夜はやく、なるからさ。
そろそろ山では冬じたく、野うさぎも、
雷鳥も、白くなりだすさ。
みんなみんな、夏が有ったから。
おいしい物がたべられる味覚の秋は、
うれしいな、うれしいよ。おやつだよ。
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